【天狼院から転載】家づくりは「完成」が「はじまり」。設計士が時限爆弾を仕込む理由

*この記事は、「天狼院書店」に掲載された記事を転載したものです。


新築の新居に引っ越してはじめての買い物はコンビニ弁当だった。
それも昼飯でなく、夜ごはんである。

「新居初日の夜は豪勢にスキヤキ、食後にケーキで家族団らんじゃないの?」

いやいや。
大量の荷物を運び込み、キッチンや風呂など設備の説明を受け、電気屋、水道屋の手続きをし、手伝ってくれた友人たちを送り出したら日がもう暮れている。

「ただ空腹が満たればいい」という思いで、最後の気力を振り絞ってコンビニに身体を引きずっていった。……今となっては良い経験。マイホームは“夢”ばかりでないことを悟った日である。

どうして“新築初夜”のことを思い出したのか?それは、この記事を書いている今が12月1日、日曜日だから。

「全然分からない」

という声が聞こえてきそうなのでもう少し説明させてもらうと、私は工務店に勤めていて、毎月第1日曜日は“アフター定期訪問”の日になっている。つまり“夢”だったマイホームを建て、“現実の暮らし”を営むお施主さんと会える日。そんなお施主さんと会うと、半ば強制的に自分の家のことを思い出してしまうのである。

私が勤めているのは鹿児島にある小さな工務店。施工実績は鹿児島全域に370棟ほど。その全てを8カ月に1度のペースで訪問している。8カ月に1度。このペース、間違いなく業界随一である。一般的なハウスメーカーのアフター定期訪問は、3カ月、6カ月、1年目、3年目、5年目、10年目の計6回。対して弊社は10年間で15回、2倍以上の頻度だ。

この頻度、もはや親戚。

お施主さん側も慣れたものだ。快く家の中を見せてくれるし、些細な相談ごとでも気を使わずに話してくれる。中にはハンドドリップのコーヒーを入れてくれたり、手づくりのお菓子を振る舞ってくれる人も。今日だって「お昼まだでしょ?」と旦那さんが中華鍋を振るい、手づくりチャーハンをご馳走してくれた。

こんなにもアフター定期訪問に力を入れるのは、“住まないと分からないこと”が、どうしても出てくるからだ。当然だけど、家を建てるまでに何度も何度も打ち合わせを重ねる。最初のヒアリングから着工まで10数回の打ち合わせ。着工してからも現場で確認ごとがあったりと、お施主さんと顔を合わせる機会が減ることはない。

それでも、“家”は住んでからが本番である。

私が、新築初夜にコンビニ弁当を食べるなんて思ってもみなかったように、住んでみると「思ってたのと違う」ことが出てくるのだ。そこに素早く、定期的に寄り添い、“暮らし”が豊かになるサポートを行う。それが工務店の指名だと考えている。

アフター定期訪問で行うことは多岐にわたる。単なる補修・修理だけでなく、何に困っているかをヒアリングして、その解決方法を伝える。例えば木製品の手入れ。

褪せたテーブルに艶を取り戻すには?
しつこい黒カビを取り除くには?
ふすまの滑りを良くするためには?

実践を交えながらレクチャーする。

一銭にもならないことに、なぜ力を入れるのか? そう思う人もいるかも知れない。実は我々にも3つのメリットがある。

ひとつは、お施主さんの“安全”を管理できること。我々とお施主さんとの間には、先程触れたように親戚のような関係性が築かれている。「困ったことがあったら、とりあえず我々に連絡」という習慣ができている。すると、怪しいリフォーム業者に引っかかることがない。荒い補修工事によって美観を損ねることもない。家でのトラブルは、すべて信頼の置ける業者が対応する。

二つ目は、家の経年変化をつぶさに観察できることだ。木の外壁は年数を重ねるとシルバーグレーに変化する。真鍮の取っ手は、手で触れるところから鈍く輝き出す。その変化は地域、天候、日当たり、立地などにより微妙に異なる。直に観察することで、これから建てる家の設計にフィードバックしていく。

三つ目は、“親戚のような付き合い”そのもの。売り手と買い手の枠を超え、暮らしのパートナーとして認識してもらう。お子さまが生まれたら抱かせてもらい、祝福する。庭のもみじが紅葉したら、それを眺めながらお茶を飲む。そんな日常を共有させてもらい、我々は“ものづくりの原点”を再確認する。

「完成からはじまる家づくり」が弊社の理念だ。

ある打ち合わせにて、社長はこう話していた。
「家には時限爆弾が仕掛けてあるんです。住んですぐには気づかないけれど、あるときふっと、設計の工夫に気づく」

例えば玄関。靴を履くところの近くに、細い丸棒の柱を立てておく。その横には、膝くらいの低い位置に棚を。子どもは柱を掴んでぐるぐる回ったり、登ったりして遊ぶ。棚は歳時の飾りをしつらえる飾り棚に。

子どもが巣立った頃、柱と棚は役割が変わっている。棚は、靴を履くときの一時的な腰掛けに。柱は、靴を履いて立ち上がるときの手すりに。

「『あれって、そういう意味だったんですね!』って笑顔で言ってもらえたら、設計士冥利に尽きますよね」

12月1日、日曜日。

そんなわけで我々は、今日も鹿児島中を走り回る。お施主さんの笑顔に会いに行くために。

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